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2022/11/27

【脳性マヒで車椅子の友人を偲ぶ会に行ってきました】

 

駅が橋上化される時、「エレベーターを付けて」と声を上げた沖田さん!!!

その闘いを近田洋一氏が埼玉新聞に連載した『駅と車椅子』は、JCJ賞を受賞。


旧知の近田さんが、沖田さんの車椅子を押して私の公演に連れて来て下さったのが出逢いでした。

その時、介助で同行していた谷大二司教は沖縄へ移り住み、私の沖縄公演をお世話下さっています。
           ▲今年(2022年)の6月25日、ひめゆり学徒散華の地
             荒崎海岸を大二さんに案内していただきました

沖田さんは、綾成すご縁のど真ん中の笑顔でした。

車椅子の友人が公演に来てくれることは、私の自慢で誇りだった。

           ▲2019年2月2日(土)リリー・フランキー原作『東京タワー』
                 観る朗読@北本文化センター

昨日の偲ぶ会も、鴻巣という埼玉でも群馬に近い不便な場所なのに、車椅子の方を含め遠くからたくさんの仲間が来てくれていた。








偲ぶ会っていいですね、知らなかった面を知ることができて💛

亡くなった人を思い出す時って、どうしていつも笑顔ばかりなんだろう…

2022/11/15

【太宰紀行@思い出の蔵】

新青森で新幹線を降り、レンタカーでまず向かったのがココ。

幼い太宰は、母の妹を母と思い込んでいた。

その叔母キエは、太宰が小学校にあがる前に、長女が歯医者を婿に迎えるため分家。

その時建てられた家が昭和19年の大火で焼けてしまい、キエ一家は蔵に住んでいました。


『思い出』という作中にも出てくるこの蔵で太宰は《津軽正宗》という酒を呑んだそうです。

呑んでみたいと検索したのですがヒットせず、残念😢


斜陽館が旅館だった頃の箸袋やマッチ、初めて見る写真もありました💛




2022/11/14

【太宰紀行@雲祥寺】

 2022年11月11日(金)~1泊2日で、念願だった斜陽館を訪ね、太宰の足跡を辿ってきました。

書きたいことは山ほどあるのだが、とりま、雲祥寺について。

東大生だった太宰が弟子入りした井伏鱒二が、昭和7年に「甲の上」と評してくれた『思ひ出』という作品がある。

昭和8年、太宰24歳の時『海豹』という同人誌に発表。

昭和11年、ついに文壇デビューとなった第一創作集『晩年』に再録された。

幼少時から思春期までが描かれ、子守のタケに連れて行かれたのが、このお寺だ。

道徳を教えるためにタケが見せた地獄絵は、今は公開していないそうだが、ご住職の奥様だろうか、落ち葉掃きをしていたご婦人が、「窓の外からになりますがのぞいてみて下さい」と本堂を指して下さった。

残念ながらよく見えなかったが、無理くり写真を撮ってみた。
           

太宰が回した金輪の残骸が、幸運にも境内にあったので、私も回してみた。



そのまま止まれば極楽行きで、止まりそうになってカランと逆に回ると地獄行き…と『思ひ出』にあった。

2008年に新しくなった金輪も回してみた。
          

そこには、『津軽』という作品より金木文化に贈る言葉として「汝を愛し 汝を憎む」と刻まれていた。



芸術とは、愛憎に引き裂かれた傷口から生まれるのかもしれない。

金子みすゞもまた然りだろう。






2022/11/10

☆先月、ハイブリッド開催したオンライン《みすゞ塾》、長野県小諸市《コミュニティテレビこもろ》の取材を受けました☆

7日に放送されたそうです。


企画して下さった小諸の清水礼子さん、マダムな感じでインタビューされてます💛

動画が貼り付かないので、FBのリンクをばm(__)m


マスクしてるだけに、目の表情の素敵さが際立ってますねーーー!!!

2022/11/08

【ヒト科のアザラシ日記 2022年11月8日(火)ドピーカン】

 生まれて初めて、鴨川シーワールドへ行ってきました、アザラシを見に💛





もちろん、シャチのショーも見ましたよ♪

シャチは法的に輸入できなくなったとか?


国内の個体は血縁関係となり繁殖できず、今いる子たちが絶えたら、もう見られなくなるそうで😢

友人への誕プレお出かけなのに、自分の好きなところへ連れて行くというのもどうかと思ったけれど「いいよ」と言ってくれたので…

アザラシ満喫してきました!!!