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2024/05/08

【金子みすゞの生れ故郷・仙崎 取材レポート⑧みすゞのお家の後を継いだ本屋さん】

 金子みすゞ記念館の目と鼻の先に、木村聖文堂という本屋さんがありまして。



書店経営に許認可が必要なのかは知りませんが、教科書を扱う権利を継いだという意味だと思います。

記念館に行ったことのある方はお分かりでしょうが、物販コーナーで本を売っています。

記念館で本を売ったら、木村聖文堂さんはどうなるでしょう?

そうです、商売あがったりですよね。

私が館長なら、金子文英堂とのご縁を示して「本のご購入は木村聖文堂で」と、サンプルを置くだけにします。

皆さんなら、どうなさいますか?



レンタカーを借りる時にいただいたドライブマップに、記念館が載ってるのですが…

”文化活動・創作活動を支援する拠点”ですって!!!

ブラックジョーク過ぎるーーー😂😂😂

これが記念館の正体です ↓

一人でも多くの方に知っていただきたいわ。

2024/05/06

【金子みすゞの生れ故郷・仙崎 取材レポート⑦お焼香トリビア】

 焼香って、武士のもので、庶民はしなかったそうな。


で、武家には、”家のお香”があったとか。

庶民も葬儀で”焼香”をするようになったが、”家のお香”はない。

焼香台のお香を借りるので、台に”お香”の借り賃を置くようになったのがお香典なのだそうです。

ガイドの坂本和磨さんに、極楽寺で教わりました。

お寺にお邪魔したらまず、ご本尊さんにお参りしますよね。

私もお線香をあげさせていただき、借り賃として台に100円を置いてきました。



 

極楽寺には、青海島・通(かよい)にある鯨墓の墓銘と同じ鯨位牌があります。

右が元々の、左のは北朝鮮に拿捕された漁師さんが、無事帰ってこられた時に寄進したもの。




極楽寺は、みすゞが詩に書いたお寺です。

 土ざくらは俗称で、学術名は別にある桜があるそうです。これが桜?というような鈴蘭みたいに小さな花が固まって咲きます。

その桜を、お地蔵様の所に植えたけれど枯れてしまったそうな。


 ちょうど八重桜が咲いていました。木が若いので、みすゞが詩に書いた八重桜ではないでしょうが。


 ご挨拶させていただいた木村聖文堂さんでは、香典袋を売っていました!!!

 
お年玉袋を、少し縦長にしたサイズです。

いつ製造中止になるかわからないそうなので、記念に買ってきました。

金子みすゞの詩を声に出して読み合う”みすゞ塾”へのお土産にします。

きっと誰も欲しがらないだろうけどwww

あ、そうそう、木村聖文堂さんは、みすゞのお家がやっていた本屋の権利を継いだと言われています。

たぶん書店経営に許認可はいらないかと思うので、教科書を扱う権利を引き継いだという意味かなと思います。

聖文堂さんについては、明日に続く。


2024/05/05

【金子みすゞの生れ故郷・仙崎 取材レポート⑥堀の名残】

 金子みすゞの家だった所から北へすぐの十字路を、東西に掘通りがある。

名前のとおり、かつて堀があった。

その礎石が残っている。


花崗岩の萩石で、軽くて丈夫なので使われたそうだ。


この十字路を左(西)へ曲がってすぐの所に、仙崎湯があった。


当時はモダンな建物であったと思われる。

半円形の窓の右上、S字型が、かつての入り口にあった電灯

東の浜にあがった漁師たちは、ここで身体を洗って、その先の遊郭へと繰り出して行ったのだ。

仙崎は、1時間もあれば歩いて一周できちゃうぐらいの小さな町です。

その小さな町に、かつては5軒の遊郭がありました。

漁師町として、それぐらい賑わっていたのです。






2024/05/04

【金子みすゞの生れ故郷・仙崎 取材レポート⑤SNOW DRIP編】


隙間時間で寄れたらと顔を出したのですが…💦

時間切れで、珈琲をキャンセルして本当に、ごめんなさい🙏


次に仙崎に行った時には必ず、美味しい珈琲をと思ってます😊


とっても素敵なお店でした!

SNOW DRIP COFFEEのウェブ


今年で3周年だそうです。

ってことは、コロナのど真ん中で開店!!!

インスタで繋がったご縁ですが、地元の皆様のオアシスとして根付いているんだなーと分かって嬉しかったです💝

  


仙崎 取材レポート④に書いた”錦町商店”が閉めてしまったので、センザキッチン以外にお茶できるところがないから、すんごく助かります💛

2024/05/03

【金子みすゞの生れ故郷・仙崎 取材レポート④松浦商店のこと】


今回は、「お忙しいのに悪いかな」と寄るのを遠慮してしまったのですが💦

2010年、金子みすゞのお墓のある遍照寺の本堂で『空のかあさま』という一人芝居をさせていただいた時、大変お世話になりました🙏

今は、お店としては機能してないけれど、商品はセンザキッチンや宇部空港で販売されているそうです。

ふぐの茶漬け、雑炊、燻製、焼きふぐ、みりん干し等のふぐ加工品は、お父様が元祖なのですって!!!

そして何とお祖父様は、金子みすゞが『鯨法會』という詩に書いた”濱のお寺”浄岸寺の四男だそうな!!!



みすゞが通った日曜学校は浄岸寺とされているので、お祖父様は、みすゞと顔見知り!!!

先日、女将さんとFBで繋がり、初めて聞くお話が満載💛

ところで、金子みすゞの家がやっていた書店は、その後”魚秀”というお寿司屋さんになっていました。

隣には、『角の乾物屋の』という詩にも謳われている酒屋がありました。



現在の金子みすゞ記念館は、その酒屋を壊して建てられたのです。

記念館は【生家を復元】と偽っていましたが、よほど叩かれたのでしょう、言わなくなりましたね。

生家は、ココではありません。

まして復元でもありません、酒屋を壊して拡張したのですから。

復元とは、元の通りにすることを言うのですよね!!!

みすゞの見たままの風景は、こうして失われたのです。

松浦商店の女将さんは忍びなくて、酒屋の廃材から使える部材を集めて、【錦町商店】を始めました。




今は閉めてしまっていますが。

2009年、公演会場の下見と打合せに行った時、【錦町商店】で若布結びをいただいたのは大切な思い出です。

若布結びは、『極楽寺』という詩にも出てくる郷土食なんです。


刻んだ若布をご飯に混ぜると思うでしょ?

そうじゃないのです。

握ったご飯を、刻んだ若布の上で転がしてまぶしつけるのが若布結びなのです。



 



 

【金子みすゞの故郷 取材レポート③海上レストラン編】


 兵どもが夢の跡…いつ閉めたんだろ、コロナもあったしな。


仙崎っていうか青海島だけど💦


営業してるうちに行ってみたかったなぁ!



紫津浦といって、金子みすゞの『鯨捕り』という詩に謳われている入江です。




4月25日(木)のアポはサクサク消化できたので、足を留める時間を作れました。


2024/05/01

金子みすゞの生れ故郷・仙崎 取材レポート②橙トリビア編

 金子みすゞの詩には”橙”がよく登場します。


書林屋だった家の隣の空家の所にあった馬つなぎ場にも、橙があったようです。


みすゞの頃の町を故・竹内三郎氏が画いた”家並み図”には、夏蜜柑畑が広がっています。

仙崎の北にある青海島の大日比には、枯れてますがナツミカンの原樹があります。


江戸時代中頃に、浜に流れ着いた果実を、島の娘・西本チョウが拾ってまいた種が芽生えたというのが通説とのこと。

萩にも広まったが最初は自家用で、産業として興るのは明治になってからと、萩市のサイトにあります。

廃藩置県で武士たちは藩からの禄を失い、生活のための栽培が始まりました。

みすゞの詩のタイトルは”橙”ダイダイです。

橙って、収穫しないでおくと、その実が残っている木に、次の年の実がなるので”夏代々”とも言うようで…

”代々”は”ヨヨ”とも読めますよね。

近畿地方では中風のことを”ヨイヨイ”というので縁起が悪いからと、大阪方面へ出荷の際、大阪の仲買人に”夏蜜柑”と呼ぶよう勧められたのですって。

ちょうど実のなっている時で、ガイドをお願いした生き字引の坂本さんがお土産に下さいました。

勿体ないからとっておこうかと迷いましたが、新鮮なうちにいただきました。

ジューシーで、とっても美味しかったです。